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2010年09月 アーカイブ

清酒の歴史 2

平安朝から鎌倉、室町へと時代が移るにつれて、朝廷で行われた酒造りは、神社や寺院でつくられるようになり、室町時代に入りますと、民間の専業者による商品としての本格的な酒造りが行なわれるようになりました。


室町時代の酒造りは盛んであって、京都とその周辺には、300軒以上の酒屋があったといわれます。


その頃の酒造法については、現在の三段仕込の原形ともいえる麹と米と水を2回に分けて仕込む方法や乳酸菌の応用、酒の火入れ殺菌が行われていたことが「御酒之日記」や「多聞院日記」(1478~1618年)に詳細に記録されています。


室町から安土桃山時代にかけて、京都、奈良以外の地方でできたいわゆる田舎酒が少しずつ頭を出し始めます。


江戸時代にはいると、大阪に近い伊丹、池田がすぐれた用水と交通の便に恵まれて、ここに酒造業が興りました。


江戸の初期100年の間、伊丹、池田の酒は全盛を極め、京都、奈良の甘口酒に対してやや辛目の池田の酒は、大いにもてはやされたといわれています。

清酒の歴史 3

新しく京都にかわって政治的な首都となった江戸は、酒の大消費地となり、各地の酒は江戸へと集まってきました。


当時の酒造りは、すでに中世にその萌芽をみた諸白の造り(掛米灘米とも白米でつくる酒造法)になっており、仕込みも三段仕込みが行われています。


また、それまで季節を問わず年中造っていましたが、冬の寒い時期に造ったいわゆる寒造りが、品質的に最も優れた製法であることが明らかにされました。


幕府は寛文10年(1670)に秋の彼岸以前の酒造を禁じ、寒造り中心の政策がとられています。


そして、この寒造りの技術や六甲山系の山々から流禰ちる急流を使った水車による精米技術を利用して、延びのきく酒の量産化と酒質の改善に徹します。


海運を利した灘五郷の酒が、かの伊丹、池田の酒にかわって発展していくことになります。


この交代は単なる経済的なものではなく、酒にたいする嗜好の問題、すなわち京都・奈良の甘口酒に比べればやや辛目といわれた池田の酒の、やや甘口の酒に対して灘の男性的な酒がこれに代わったものとされています。


灘はこの後長く日本の酒造りの中心地として栄え現在にいたっているのですが、当時の酒造りは、諸白・生もと、三段仕込み、膠は袋に入れて搾って清澄な酒を得ること、これを火入れすること・・・


など、基本的な技術は今の酒造りと殆んどかわっておりません。

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