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   <title>いろはにほへ蔵</title>
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   <subtitle>はじめまして、ほへ蔵です</subtitle>
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   <title>コパルトが欠乏</title>
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   <published>2012-01-22T08:28:30Z</published>
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   <summary>「くさむら病」の発生する草原の土には、コパルトが欠乏していることが突き止められま...</summary>
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      <![CDATA[「くさむら病」の発生する草原の土には、コパルトが欠乏していることが突き止められました。


羊が草に含まれるコバルトを摂取すると、腸内細菌が、コバルトを含む赤いビタミンと呼ばれるaを合成していたのです。


人間でもこれに類したことが報告されています。


たとえば、厳密に菜食主義的な食生活でB摂取がきわめて少ないのに、欠乏の徴候を示さない人がいる。


おそらく腸内細菌が作っているのであろうと考えられています。


また、生後まもない赤ん坊は、ビタミンK欠乏にょる出血(血がかたまらない)を起こすことがあるが、赤ん坊の腸内にいろいろの細菌がすみつくようになると、K欠乏は起こらなくなる。


すなわち、人間は腸内細菌によってほぼ必要なビタミンKが供給されているのです。


そして、そのビタミンが欠乏しないように<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>で少しでも補いましょう。
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   <title>ある神社の占い</title>
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   <published>2011-06-19T03:13:49Z</published>
   <updated>2011-06-29T03:17:57Z</updated>
   
   <summary>外の賑わいが、段落すると、豪快に切られた豚肉とキャベツが人った汁で直会となります...</summary>
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      <![CDATA[外の賑わいが、段落すると、豪快に切られた豚肉とキャベツが人った汁で直会となります。


厳粛な神事を終えた後の、爽やかな安堵感が溢れています。


ゆったりとタバコをくゆらす人もいます。


この筒粥神事が終るまではタバコを吸ってはいけないことになっているのです。


直会が終り、かがり火が消えたのは夜もまだ深い三時前でした。


明け方にはまたお札や粥を貰いにくる人が多くなるので、諸役の人達は、いろりを囲んで一晩中談笑しながらおこもりをします。


私も帰る手段とてないのでいろりの輪に加わります。


皆それぞれにコップ酒をかたむけながら、「今年は中稲が当たりだなー」などと興奮さめやらぬ面持ちで、占い談義や世間話に花が咲きます。


火に照らされて顔がほてってきます。


冷たいみかんがのどに心地よい思いです。


全ての作物が農作と出た今年の占いに心をはずませながら帰宅しました。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>へどうぞ。

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   <title>自分をしっかり持つ</title>
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   <published>2011-06-04T02:37:27Z</published>
   <updated>2011-08-08T01:38:25Z</updated>
   
   <summary>私も英語道を歩んできた経験から証明できる。 ガイジン・アレルギー患者に、もう一度...</summary>
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      私も英語道を歩んできた経験から証明できる。


ガイジン・アレルギー患者に、もう一度言う。


外国人とコミュニケートできないのは、英語が下手だからだけではない。


自分というものが、ぐらついているからである。


そもそも英語がうまくなったくらいでコミュニケーションがうまくいくはずがないことは何度も述べた。


いつものようにコミュニケーションしていればいいのである。


それくらいタカをくくって裸で外国人とつきあうというくらいの心構えがあれば、ガイジン・アレルギーは逃げていくはずである。


裸のつきあいといえば思い出す。


サラリーマンニ、三年の頃、私が主宰していた大阪の英語道場にひょっこり現われた外国人に対し、公衆浴場へ行かないか、と誘ったものだ。


神社仏閣もいいが、日本人の心を知らせるには、公衆浴場での裸のつきあいがいいと思った。



      
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   <title>人には言えぬ悩みあり</title>
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   <published>2011-05-10T06:55:02Z</published>
   <updated>2011-08-11T01:12:01Z</updated>
   
   <summary>ある日、銭湯で股を洗おうとして仰天しました。 つけ根のところに、ポコッと丸いアザ...</summary>
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      ある日、銭湯で股を洗おうとして仰天しました。


つけ根のところに、ポコッと丸いアザみたいなものができています。


「タムシだ!」と思ったとたんに目の前がスッと白くなって、あわてて手拭でそこを隠しました。


翌日、その中学生は、薬局の前をうろうろしていました。


が、やがて意を決して店のなかに入り、「タムシチンキ、ひとつください」と店主に言いました。


本人はさりげなく言ったつもりだったが、あわれにも、それは蚊の鳴くような声でした。


いまはもうインキンとかタムシくらいで、そんなにオタオタする人はいなくなったかもしれません。



      
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   <title>キャンプで使用する袋</title>
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   <published>2011-02-14T05:04:38Z</published>
   <updated>2011-02-17T08:10:20Z</updated>
   
   <summary>キャンプで注意した方がよいことを、ちょっとまとめてみようかと思います。 キャンプ...</summary>
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      <![CDATA[キャンプで注意した方がよいことを、ちょっとまとめてみようかと思います。


キャンプで使用する袋は、紙袋はすぐ破れるのでだめです。


ダッフルバッグやトートバッグなど、丈夫で大きめの手つきバッグがいいでしょう。


移動中は小さくなる折りたたみ式のコンテナも便利です。


キャンプ場で、食料入れや食器入れ、小もの類の整理かごなど、多目的に使えます。


格子になったものなら、水切りかごとしても使える。


たためなくても、積み重ねられるプラスチック製の買物かご(マーケットで使っているものと同じもの)なども利用できます。


食料やランタン、調理器具など壊れやすいものやかたいものを箱に入れ、衣類などやわらかいものを袋に詰める。


入れ終わったら、ここで忘れものがないか、ひととおりチェックしておこう。


とてもキャンプ道具全部は覚えきれるものではないから、必ずチェックリストをつくって点検することです。


<a href="http://trailer-houses.com/" target="_blank">トレーラーハウス</a>の中に貼り付けておきましょう。

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   <title>頂上付近</title>
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   <published>2011-01-26T08:18:16Z</published>
   <updated>2011-04-04T08:53:36Z</updated>
   
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      同じ北海道　ホテルの根室市の花咲にある車石が放射状節理で、こちらのほうは天然記念物に指定されています。


桃岩のほうは天然記念物ではないが、岩の中には金銀財宝が隠されています。


そしてその入口が、ちょうど放射状節理の中心です。


という昔の言い伝えがあります。


昔の人にはこの放射状節理の模様が、何か意図があって人工的につくられたものに見えたのであろう。


確かに西側から間近に見上げると、そんな気もしてくる。


桃岩の標高は249・6メートルだ。


以前はその頂上まで登ることができた。


しかし、頂上付近はまあるく緩やかでも途中までがきびしく、足を滑らせての転落が多かった。


そのため昭和55年以降登頂禁止となってしまった。


      
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   <title>いろいろな商売</title>
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   <published>2011-01-15T04:13:53Z</published>
   <updated>2011-04-05T08:55:58Z</updated>
   
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      世の中には、医者もおれば坊主もおる。

易者もおればユタもおる。

「お前のような商売は人を迷わすんだ」と言って看板を壊す。

「じゃあ、海もないほうほうがいいのか?海は魚をくれるけど人も殺しますよ。

山は地崩れで、川は水害で人を困らせることもありますよ。

それと同じですよ」と、教えてやることにしてます。

復帰してから、どうも生活がやりにくくなったような気がする。

&quot;日本&quot;という国はどうも肝っ玉が小さいんでないか?復帰前はタバコなんかどこの店でも自由に売ることができた。

今は一定の店しか売れない。

専売公社の認可を持っているものはとても威張り散らすんですよ。

闇たばこを持っていると、そういう店が密告するんです。

復帰前は、米も塩も酒も誰れが売ってもかまわなかったんですから。

那覇の易者・朝香言一さんがいうように、沖縄旅行に欠かせない国際通りから平和通りふきんを一歩中に入ると、実に様々なマーケットが並んでいます。
      
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   <title>SDHCメモリーカードについて</title>
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   <published>2010-11-13T15:39:03Z</published>
   <updated>2011-02-01T04:14:35Z</updated>
   
   <summary>昔のSDメモリーカードはFAT32に未対応だったので、規格上の最大容量は2GBと...</summary>
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      <![CDATA[昔のSDメモリーカードはFAT32に未対応だったので、規格上の最大容量は2GBとなっていました。

ですが、デジカメの高画素化や動画撮影可能な機能の充実によってデータの大容量化が進行したことにより、ストレージの上限が2GBでは不十分という状況も多くなりました。

そこで2006年にSDメモリーカードをFAT32に対応させるという試みと、動画撮影などに対応するために最低保証転送速度をクラス分けしたSD High Capacityの略称SDHCという仕様が策定されました。

やったね。

これにより規格上、最大32GBまでの大容量化が可能となったのです。

やっほーい。

寸法自体はSDメモリーカードと同一であり、かつ、上位互換性もあるため、SDHC対応機器でSDメモリーカードの使用が可能です。

ですが、逆に下位の互換性はないので、旧来のSD対応機器でSDHCメモリーカードを使用することは残念ながらできません。

無理に行ってしまうと、<a href="http://www.view-system.net/datarescue/">sdカード データ復旧</a>を行わなければならないので気をつけましょう。
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   <title>広告のスペースの大きさ</title>
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   <published>2010-11-03T07:45:30Z</published>
   <updated>2011-08-29T01:45:56Z</updated>
   
   <summary>広告のスペースの大きさは、頻度にどのような影響を及ぼすのでしょうか？ スペースの...</summary>
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      <![CDATA[広告のスペースの大きさは、頻度にどのような影響を及ぼすのでしょうか？


スペースの小さな広告は読者への影響が低率なので、印象を深めるためにたびたび宣伝しなければなりません。


・・・といっても、スペースと頻度の間の比率は一定しているわけではありません。


新聞広告の調査によると、購買者と反応者数は広告スペースの大きさに平均的に比例します。


それでも代理店による全ページの広告は、必ずしも半ページ広告の2倍の反応があるとは限りません。


これは常識です。


半ページ広告は、通常、かなり高いパーセンテージの読者に注目されるので、全ページ広告が読者数を半ページ広告の2倍にすることは不可能でしょう。


反面、奥行数インチの単独の広告欄は、わずかなパーセンテージの読老の注意しかひかないので、そのサイズを2倍にすることはその読者数を2倍にする可能性があります。


そしてこの論は、ラジオやテレビにもあてはまるものでしょうか。


多少はあてはまるのです。


30秒もののコマーシャルは、事実上、1分ものよりも記憶に残る点でその2分の1を上回っており、知名度を上げることが目あてなら経済的です。


しかし、<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール　湘南</a>でもダイレクト・リスポンスが目的ならば、ラジオは印刷ものといくぶんか相違します。

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   <title>清酒の歴史　5</title>
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   <published>2010-10-11T04:38:00Z</published>
   <updated>2011-02-01T04:14:35Z</updated>
   
   <summary>技術の進歩と流通網の発達により、原料米の産地による酒質の差は、殆んど問題にならな...</summary>
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      技術の進歩と流通網の発達により、原料米の産地による酒質の差は、殆んど問題にならなくなりました。


全国どこでも良質の酒が、できるようになってきています。


それぞれの地方の酒造蔵では、それぞれの気候・風土を条件として、そこでの消費者の好みを加味しながら、特色ある品質の酒を造るように努力しています。


現在、大手の酒造会社では、近代的な大型の機械設備を使って一年中酒造りをしているところもありますが、大部分の酒造場では、秋に実った新米を使って冬に仕込む伝統的な寒造りをしています。


このように古くから、人々の生活の中にとけこみ育まれてきた日本民族の酒清酒は、今後も恵まれた日本風土に根を降ろし我々の生活に潤いを与え、豊かな文化の形成にかかわって行くものと思われます。



      
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   <title>清酒の歴史　4</title>
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   <published>2010-10-01T04:35:37Z</published>
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   <summary>明治に入って、清酒についても科学的な研究が行われるようになりました。 明治初年に...</summary>
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      明治に入って、清酒についても科学的な研究が行われるようになりました。


明治初年に来日したドイツ人のコルシェルトやイギリス人のアトキンソンは、日本の酒造りにおける火入れがパスツウルの低温殺菌法よりもっと古い時代に行われていたことに驚嘆し、報告に書き残しています。


明治から大正昭和にかけての醸造技術の流れは、発酵化学の解明・微生物の合理的な利用、防腐剤の使用による火落ちの防止等を経て、高度精白を可能にした精織の出現、木桶からホーロータンクへの移行、ビン詰による出荷などなど・・・


目まぐるしいものがあります。


さらに、第二次世界大戦から戦後にかけて、アルコール添加や増醸法の採用など思い切った製造法の変化がありました。


昭和39年(1964)には近代化五ヶ年計画に沿って新しく企業の構造を集約化するなどの措置がとられていますが、製造工程の近代化のため、連続蒸米機や自動製麹機、自動圧搾機など機械の導入による合理化とスケールメリットの追求が顕著になっています。


昭和48年には明治以来使用されていた防腐剤サリチル酸の使用を全く廃止したことなどは、技術的には画期的な変化であります。


      
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   <title>清酒の歴史　3</title>
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   <published>2010-09-11T04:31:48Z</published>
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      新しく京都にかわって政治的な首都となった江戸は、酒の大消費地となり、各地の酒は江戸へと集まってきました。


当時の酒造りは、すでに中世にその萌芽をみた諸白の造り(掛米灘米とも白米でつくる酒造法)になっており、仕込みも三段仕込みが行われています。


また、それまで季節を問わず年中造っていましたが、冬の寒い時期に造ったいわゆる寒造りが、品質的に最も優れた製法であることが明らかにされました。


幕府は寛文10年(1670)に秋の彼岸以前の酒造を禁じ、寒造り中心の政策がとられています。


そして、この寒造りの技術や六甲山系の山々から流禰ちる急流を使った水車による精米技術を利用して、延びのきく酒の量産化と酒質の改善に徹します。


海運を利した灘五郷の酒が、かの伊丹、池田の酒にかわって発展していくことになります。


この交代は単なる経済的なものではなく、酒にたいする嗜好の問題、すなわち京都・奈良の甘口酒に比べればやや辛目といわれた池田の酒の、やや甘口の酒に対して灘の男性的な酒がこれに代わったものとされています。


灘はこの後長く日本の酒造りの中心地として栄え現在にいたっているのですが、当時の酒造りは、諸白・生もと、三段仕込み、膠は袋に入れて搾って清澄な酒を得ること、これを火入れすること・・・


など、基本的な技術は今の酒造りと殆んどかわっておりません。


      
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   <title>清酒の歴史　2</title>
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   <published>2010-09-01T04:28:48Z</published>
   <updated>2011-02-01T04:14:35Z</updated>
   
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      平安朝から鎌倉、室町へと時代が移るにつれて、朝廷で行われた酒造りは、神社や寺院でつくられるようになり、室町時代に入りますと、民間の専業者による商品としての本格的な酒造りが行なわれるようになりました。


室町時代の酒造りは盛んであって、京都とその周辺には、300軒以上の酒屋があったといわれます。


その頃の酒造法については、現在の三段仕込の原形ともいえる麹と米と水を2回に分けて仕込む方法や乳酸菌の応用、酒の火入れ殺菌が行われていたことが「御酒之日記」や「多聞院日記」(1478～1618年)に詳細に記録されています。


室町から安土桃山時代にかけて、京都、奈良以外の地方でできたいわゆる田舎酒が少しずつ頭を出し始めます。


江戸時代にはいると、大阪に近い伊丹、池田がすぐれた用水と交通の便に恵まれて、ここに酒造業が興りました。


江戸の初期100年の間、伊丹、池田の酒は全盛を極め、京都、奈良の甘口酒に対してやや辛目の池田の酒は、大いにもてはやされたといわれています。


      
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   <title>清酒の歴史</title>
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   <published>2010-08-11T04:27:44Z</published>
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      清酒を日本の酒あるいは米の酒としてとらえるならば、その起源は、我が国で水稲の栽培が始まった今から約2千年前の弥生時代にまで遡ることができるかもしれません。


古代の日本の酒の記録としては、3世紀頃の中国の歴史書「魏志倭人伝」や「古事記」(713年)、「日本書記」(720年)、それらと相前後して編纂された「播磨風土記」などの「風土記」があります。


「魏志倭人伝」の中には、日本人は酒を嗜み、喪に際しては人が集まって酒を呑む習慣があったことなどが記されています。


記紀の神話の中にもお酒の話しはいくつとなく出て来ます。


また、「播磨風土記」には、カビによる酒がでてきて、米と麹による酒がどのようにしてできたものかを窺い知ることができます。


奈良時代の律令制度下の官制や格式を書いた「延喜式」(927年)には、いろいろな酒の造り方が詳しく書かれておりますが、そのほとんどが米の酒です。


その中には膠を搾って澄んだ酒を得る技術など、現在の清酒造りの源流をみることができます。


そのころの酒造りは神事の一環として行われており、主に朝廷や神社で造られていました。


      
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   <title>上手なお酒の保存方法</title>
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      <![CDATA[よいお酒を造ろうとするメーカーおよび技術者の真摯な努力、原料を厳選し、ひたむきに酒造りに打ち込む姿勢は、自らお酒にあらわれるものです。


お酒の香味と共にそれらのこともよく味わっていただきたいものです。


お酒は永く保存するとよくなるという話があります。


貯蔵により香味の調整を図ることをいいますが、はじめから香味に癖の強いお酒は長期間の熟成を要します。


ウイスキーやブランデーのように、その癖も樽貯蔵によってすばらしい風味になるものも少なくありません。


しかし、新酒から香味のまとまりのよいものもあり、かえってその風味を好む人もおります。


清酒の生酒、やワインのヌーボ等はその例でしょう。


中には骨董的な意味で年代を強調するものもありますが、これは本来の風味とは関係がありません。


むしろ眺めて楽しむものでしょう。


一般に、一旦生産者の倉庫から出荷されたものは、当然飲み頃になっており、それ以上保存することは無意味です。


むしろ保存中の劣化に注意する必要があります。


とりわけ味を主体とする醸造酒では、保存のための次の3つの注意が必要です。


(1)光を当てない。

(2>温度を上げない。

(3)空気に永く触れさせない。


特に高温は禁物です。<a style="color:#FFF; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://koyamori.com/blog/" target="_blank">河成鎮</a>作氏によると、近頃の品質に熱心な小売屋さんでは冷蔵庫を持っているところも増えております。


このことは、お酒の品質にとってすばらしいことです。


但しラベルを汚さないように庫内の湿度にも気を付けましょう。

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